『ウェブアプリケーションのためのユニバーサルデザイン』レビュー
- 作者: Wendy Chisholm,Matt May,水野貴明
- 出版社/メーカー: オライリージャパン
- 発売日: 2009/12/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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アクセシビリティは障害者のためだけではない
アクセシビリティはともすれば障害者や高齢者に限定したもの、もっといえば視覚障害者のためだけのものと思われがちです。しかし、アクセシビリティを広義で解釈すると、
高齢者や障害者も含めた、誰もが情報を取得・発信できる柔軟性に富んでいて、アクセスした誰もが同様に情報を共有できる状態にあること
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3
であり、高齢者や障害者に限定されたものではありません。
ただ、この考え方が実感しにくいのか、アクセシビリティはさまざまな属性や環境にいる人たちに資するもの、とはなかなか思ってもらえないようです。そのため、アクセシビリティをテーマに扱ったブログや本を読んでも、「alt属性をちゃんと書きましょう」などガイドラインやチェックリストに終始してしまうこともあります(この傾向は英語圏も変わりません)。
その点、『ウェブアプリケーションのためのユニバーサルデザイン』はアクセシビリティのチェックポイントを紹介するだけに留まりません。正しくHTMLを書くことが何をもってもアクセシビリティの第一歩なんだ!という姿勢を貫いています。お二人の著者がW3CやWAIの活動に深くコミットされてきたからというのも大きいのでしょう。また、アクセシビリティを重視することにより、PCのWebブラウザだけではなく、iPhoneを代表とするスマートフォンや携帯電話のユーザにとっても恩恵があるとも紹介しています。
全くもってその通りです。アクセシビリティはalt属性の書き方でもキャプションをつけることでもありません。それは手段なのです。アクセシビリティの目的は、できる限り多くのユーザが、できる限り多くの閲覧・操作環境で、そのユーザの目的を達成することができるようにするための設計手法なのだと思います。
ウェブアプリケーションのアクセシビリティ
その上、本書が面白いのは、タイトルそのままにウェブアプリケーションを主題として扱っていることです。Webサイトがたんなる壁新聞からアプリケーションに移り変わることによって、現在アクセシビリティは大きな転換点を迎えています。動画、音声、Flash、Ajax、Silverlight、スマートフォンなど。そういった新しい技術や環境において、僕たちがアクセシビリティに対して何ができるのかについても説明してくれています。
その中でもWAI-ARIAを扱っていることは特筆すべきことです。WAI-ARIAは仕様書こそ翻訳されていますが、日本語のリソースはなかなかありません。そのWAI-ARIAを日本語で読めることも大きな点です。参考:WAI-ARIA導入(日本語訳)
日本のアクセシビリティの状況
そして、WCAG2.0勉強会を主催するもっちーさんが書いた「付録B 日本国内での状況」も見応えがあります。「よくもまあ、こんなにもリソースを集めたなー」と感心するくらい、統計や各種データ、Webサイトを紹介しながら、日本のアクセシビリティの状況を説明してくれています。
あえて注文を付けると
最後に本書に対して何点か注文を書いておきます。
まず、『11章 プロセス』の『11.1.5 チームの体勢と戦略』にもう少しページを割いてほしかった。この章では、サイトを制作するチームの規模ごとに、どのようにアクセシビリティをチーム内に根付かせるかについて書かれています。ただ、具体例をあげて、解決策をもっと突っ込んで書いてほしかったと思います。
また、アクセシビリティもしっかりと対応したWebサイトを納品したあと、クライアントが更新するごとにアクセシビリティがどんどん劣化していく。アクセシビリティに関心を持つ多くのWeb関係者(ぼくも含め)は一度くらいは経験をしたことがあると思います。先ほどの章で、ぜひこのようなケースにおける筆者の見解や経験も書いてほしかったと思います。
最後に1つ。原著のタイトルは「Building Web Applications for Everyone」です。翻訳のタイトルは「ウェブアプリケーションのためのユニバーサルデザイン」。決して間違いではありません。ただ、アクセシビリティとユニバーサルデザインはイコールの関係ではありません。もちろん、原著のタイトルを分かりやすい日本語にしたいという気持ちは分かるのですが、僕たちWeb関係者が買う書籍であれば、厳密な定義付けは必要だと思います。