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TRANS

神戸のNPOやソーシャルビジネスの創業・起業のお手伝い

ボランティアをする、される、受け入れる。

NPO

安倍政権は本気でボランティアを義務化するみたいだな。でも、ボランティアはする側、される側、受け入れる側の少なくとも3つのステークホルダーがいる。その立場をぜひとも考えてもらいたい。

-ボランティア義務化 おかしくないか
安倍首相自身、総裁選直前の先月十四日、「大学入学を九月にし、入学前半年間をボランティア活動にあてることを検討する」と言明。著書「美しい国へ」でも、共生社会創造のためには、最初は強制でも若者に(ボランティアの)機会を与えることに大きな意味があると記している。

ボランティアを受け入れる側の立場については、一度書いたことがあるので、そちらを参考にしてもらいたい。


TRANS - ボランティアを受け入れる側の事情。


要は、ボランティアを受け入れる側にもそれ相応の対応を用意しなければならず、結構大変なんだぜ、ということ。また、ボランティアを実際にする人にとっては、はじめは社会貢献とかって言っているが、最終的には自分が楽しめるか否かになる、ということについても書いたことがある。これが、その記事。


TRANS - ボランティアは自分のためにやればいい。


でも、実はこれだけではまだボランティアというものを理解するための視点を全ては表せてはいない。なぜか。それは、ボランティアをされる側の人たちのことを書いていないからだ。


ボランティアは当たり前だが、そのサービスを受ける側の人間がいて、始めて成り立つものだ。高齢者介護なら高齢者自身、障害者のヘルパーなら障害者自身、子どもの送迎なら子ども。こういったように、ボランティアをされる側の人間がいる。


今回の安倍政権の施策はあくまでボランティアをする側の立場のみを考えた結果であり、される側や受け入れる側の立場は一切考慮されていない。それだけでも、十分問題だ。


たぶん、「ボランティアを派遣するんだから、NPOや市民団体にとっては、有益なのは当たり前でしょ。」くらいにしか考えてもらえていないのだろう。もちろん、万年人不足の私たちにとっては、ボランティアを集める手段にとってそういった形は損ではないかもしれない。


もちろん、される側の立場の人たちも、実力不足の人間が代わる代わる来ることに抵抗はあるだろうが、いろんな人たちと出会えること自体はマイナスにはならないだろう(ただし、せっかく仲良くなったボランティアが半年で去っていくことが確実なのは、それはそれで悲しいことだろうが)


ただ、敢えて言っておく。ボランティアをされる立場の人たちにとっては、ボランティアは必ずしも「善」ではない。


ボランティアをやったことが人たちならば知っている有名な文章がある。その名も「ボランティア拒否宣言」。どこかの障害者が書いた文章らしいが、詳しいことは分からない。せっかくなので長文だが、全文掲載しておく。

ボランティア拒否宣言《花田 えくぼ》

それを言ったらオシマイと言う前に
一体私に何が始まっていたと言うの
何時だってオシマイの 向こうにしかハジマリは無い
その向こう側に 私は車椅子を漕(こ)ぎ出すのだ

ボランティアこそ 私の敵
私 はボランティアの犬達を 拒否する

ボランティアの犬達は 
私を優しく自滅させる

ボランティアの犬達は 
私を巧(たくみ)に甘えさせる

ボランティアの犬達は 
アテにならぬものを頼らせる

ボランティアの犬達は 
残された僅(わずか)かな筋力を弱らせる

ボランティアの犬達は 
私をアクセサリーにして街を歩く

ボランティアの犬達は 
車椅子の蔭で出来上がっている

ボランティアの犬達は 
私を優しい青年達の結婚式を飾る哀れな道具にする

ボランティアの犬達は 
私を 夏休みの宿題にする

ボランティアの犬達は 
彼らの子供達に観察日記を書かせる

ボランティアの犬達は 
私の我がままと頑(かたく)なを確かな権利であると主張させる

ボランティアの犬達は 
ごう慢と無知をかけがえのない個性であると信じ込ませる

ボランティアの犬達は 
非常識と非協調をたくましい行動だと煽りたてる

ボランティアの犬達は 
文化住宅に解放区を作り自立の旗を掲げてたむろする

ボランティアの犬達は 
私と社会の間に溝を掘り幻想の中に孤立させる

私はその犬達に尻尾を振った

私は彼らの巧みな優しさに飼い慣らされた

汚い手で顎(あご)をさすられた

私はもう彼らをいい気持ちにさせて上げない

今度その手が伸びてきたら

私は きっとその手に噛みついてやる

ごめんね
私の心のかわいそうな狼
少しの間 私はお前を忘れていた
誇り高い狼の顔で
オシマイの向こう側に
車椅子を漕ぎ出すのだ

ボランティアを大学入学前に実施する。その結果、生まれたのが、「ボランティアがきっかけで出会いました」という恋人たち。そういう結果にだけはならないように祈っている。