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TRANS

神戸のNPOやソーシャルビジネスの創業・起業のお手伝い

摩訶不思議な物語

日記

摩訶不思議という言葉がある。あまり人生の中で、そうそう経験できるものではない。けれど、僕は経験してしまったんだ。


最近、僕の原付は不幸続き。この前は、どこかの誰かに原付を倒されていて、ブレーキとハンドルの間の空間が、隣の自転車のタイヤ部分に挟まってしまっていて。。。それを外すのに、エライ時間がかかった。もちろん、たまたま原付の隣にとめてあった自転車も不幸なのだけど。


でも、摩訶不思議な物語はここからが本番。ある日の出来事だった。


原付を居酒屋近くの駐車場にとめて、僕は少し用事があったので、その原付から一旦離れた。30分後、一緒にいた友人は「先に原付のところに行っているから」と言い残し、先に駐車場へ。


とすると、急いで僕のところに帰ってきて、いきなり、こんなことを言い出した。

友「お前さ、今日弁当箱とか持ってきてる?」
僕「は?弁当箱?持ってきてへんで、そんなん。」
友「そうだよな。そうだよな。」
僕「何言うてんの?」

と、まあ友人が僕に何かを伝えたいらしいことは分かった。そのキーワードは弁当箱。

友「いやさ、お前の原付に弁当箱のってるねん。」
僕「はあ?弁当箱のってる?ごめん、全く意味わからんわ。」
友「いや、見てこいって。ホンマに弁当箱のってるねん。」

友人が言いたいことは全くと言っていいほど、理解できなかった。「原付に弁当箱がのっている」。文章にしても、全く想像できないよう状態。よく事態を呑み込めないまま、僕は原付へ向かった。


そこで、僕が目にした光景は、正に摩訶不思議。友人の言うとおり、僕の原付のシートに弁当箱がのっている。とりあえず、一人で「誰のやねん!」とは突っ込んでおいた。もちろん、これは僕のものではない。というより、一体誰のだ、この弁当箱は?


想像してみてほしい。原付に戻ってきたら、知らない誰かの弁当箱がシートの上にのっている状況を。自動車の人は、シートをボンネットに置き換えてもらっても構わない。


と、まあ、この弁当箱がコンビニ弁当なら、「どこかのやんちゃな少年たち」が「おい!このゴミ、捨てるのダルイから、ここ置いてこうぜ!」みたいなノリで置いていっただけかもしれない。しかし、この弁当箱は一筋縄ではいかなかった。


だって、コンビニ弁当じゃないんだから。普通に、高校や中学で一度は使ったことがあるような、アルミ式の銀色の弁当箱が原付の上に、ちょこんと乗っかっているのである。非常に理解しがたい状況。


更に、その弁当箱は何故か食い差しなのだ。弁当箱にぎっしりとご飯が敷き詰められており、おかずは一切なし。その上、そのご飯はふりかけ付きで、半分くらいは既に食べられているのだ。


そんな弁当箱が僕の原付の上に置いてある。なんで、そこに弁当箱が置いてあるのかは全く分からない。ここは公園でもなく、街の中心なのだ。公園とかなら、誰かが食ったという想定もできるのだけど。なぜ、そんなところで、誰のかもわからない弁当箱が原付の上に乗っかっているんだ?


友人曰く、「いやね、思うに、たまたま横で自転車を止めていた人がおって、その人のカバンが空いていたと。で、自転車を発進させる時に、弁当箱が落ちたねんって、きっと。で、その弁当箱が偶然お前の原付に乗っかった。」いやいや、そんなこと有り得ないだろう。


だってさ、弁当箱は原付の上に落ちたというんじゃなくて、しっかりと「置かれている」。その上、何故か弁当箱のフタはないんだ。要するに、ふりかけ振った白いご飯が顔を覗かせているわけさ。


要するに、どこかの誰かが裸の大将みたく、街のど真ん中で弁当広げて、他人の原付のシートに座って食べて、その上何かの理由でフタのみ持ち帰り、弁当箱を僕の原付の上に置いていった?


今までの人生の中で、一番いろんなケースを想定してみた。けれど、やっぱり答えは見付からない。摩訶不思議なのだ。


追伸:ちなみに、その弁当箱はご飯と共に容赦なく捨てさせていただきました。